「#日本酒文化の危険水域」モンダイ。歴史上最高に美味いのに衰退が止まらない
#日本酒の文化危険水域とは?
晩酌の定番といえば、なんだろうか? かつては、日本酒とビールの2択だったが、コンビニで手軽に焼酎、多種多様なワイン、缶チューハイ、ハイボール缶から韓国焼酎、マッコリなどの海外製品までその日の気分で選び放題だ。さらには、若者の飲酒離れも重なり、日本酒の文化継承が危ぶまれている。出荷量、酒蔵ともに激減。技術革新と研究の進歩で、歴史上もっとも美味しいにも関わらず、日本酒が日常から消えようとしている。
1.出荷量はピークの4分の1、酒蔵も半減│文化財に近い産業が、静かに痩せ続けている。
2.“まずい三増酒”が悪酔いのイメージを定着させた│昭和の負の遺産が、日本酒離れの道を作った。
3.“冷酒ブーム”が飲み方を変え、状況はさらに悪化│本来の体に負担の少ない飲み方=燗酒が継承されなかった。
4.若者の飲酒量は20年前の半分に│そもそも選択肢に日本酒が入らない。文化の土台が崩落中。
5.日本酒文化を後世に残すために│凋落を止める新たな動きがない…できることはあるのか。
1300年以上前から麹菌を使い造られてきた、日本独自のアルコール飲料である日本酒。神事、慶事から日常まで日本人のハレとケの場に必要不可欠で、日本の”文化そのもの”の「國酒」である。しかし、日本酒の出荷量はピーク時の4分の1まで縮小し、酒蔵は半世紀で半数以下になり、“日常の酒としての文化”が静かに失われつつあるのだ。原因は、昭和期に蔓延した三増酒による悪酔いイメージ、平成の冷酒ブームがもたらした“飲み方の変化”、さらに飲酒量の世代的縮小と流通の棚落ち。品質は歴史上もっとも高まっているのに、衰退が止められず、止めるための“策”も出てこない。正しい飲み方が継承されず、文化の裾野も広まらず、産業は構造的に痩せ細る一方だ。日本酒が“観光商品だけの存在”になる未来が、すぐそばまで来ている。
日本酒出荷量はピーク時の4分の1以下に
日本酒はいま、質の面では「歴史上もっとも美味しい」といえる。純米吟醸・大吟醸が主流となり、作り手の技術革新、設備投資、研究の進歩によって、戦後〜昭和終盤に広まったあのマズい日本酒とは別物の商品になったのだ。
しかし、需要は正反対のカーブを描き、50年ほどの間に日本酒市場は驚くほど縮小した。
国内出荷量のピークは1973年(昭和48年)に177万キロリットルあったのに対し、2023年(令和5年)は約39万キロリットルと、4分の1以下に落ち込んだ。右肩下がりのカーブが止まらない。

酒蔵の数も激減しており、清酒の製造免許場は、1970年(昭和45年)の3533場に対し、2022年(令和4年)は1536場と半分以下になってしまった。出荷量も蔵の数も、日本の人口減のペースを大きく上回って数を減らしているのだ。
最近では清酒の輸出が伸びているという明るい話題もあるが、国税庁の「酒レポート令和7年7月」によれば、「我が国を除く世界の酒類市場に占める清酒(Sake)のシェアは 0.1%に達しません (令和5年)」が現実だ。
また帝国データバンクは、2024年度の日本酒蔵元(製造)約1000社の売上高に関する記事の中で、原料米の高騰が経営を直撃したことで「赤字」「減益」と合わせた「業績悪化」の割合は6割を超えたことを報じた。
しかし、そもそも1970年代ごろまで、酒の選択肢といえばビールと日本酒のほぼ二択だった。ビール&日本酒がアルコール界の “二強” だった。

その後、ビールは勢力を拡大。さらに焼酎、ワイン、リキュールなどの台頭で、2023年度の酒類出荷量は日本酒が5番手まで後退。ビール235万キロリットルに対し日本酒は39万キロリットルと、大きく差をつけられた。
それでも、日本酒は“ゼロにはならない”だろうが、このままでは残るのは高級酒と観光商品だけで、家庭の食卓で継がれてきた“日本酒文化の幹”が折れかねない。
どうして、ここまで”日本酒離れ”は加速してしまったのか?
最大の原因とされるのが、昭和時代に長く存在した「三増酒(さんぞうしゅ)」だ。正式名称は「三倍増醸清酒」。戦後の米不足と人手不足を背景に、酒蔵は醸造した日本酒に2倍の醸造アルコールを足し、糖類や酸味料で味を調えた。実質“一升のうち本来の日本酒が3分の1”という時代が続いた。
高度成長期で生活が豊かになり舌が肥えるほど、混ぜ物の多い三増酒は敬遠され、「悪酔いする」「二日酔いがひどい」というマイナスイメージが広がった。昭和〜平成前期には、宴会文化の中で無理やり飲まされることも多く、三増酒は嫌がらせや“漢気”の象徴として扱われ、日本酒離れを加速させた。
やむにやまれぬ事情の三増酒だったが、日本酒業界はこの時代に若い新規顧客の“入口”を壊してしまったといえる。
戦後途絶えていた純米酒、復活の兆し
一方でいち早くその過ちに気づき、純米酒を復活させた蔵もあった。1960年代赤ばに純米酒を発売した京都・伏見の玉乃光酒造、醸造を開始した広島・西条の賀茂泉酒造などだ。
この動きはじわじわと広がっていき、1970年代以降の「地酒ブーム」を経て、純米酒に力を入れる酒蔵が増えていった。やがて「特級」「一級」「二級」といった長年続いた級別制度はすっかり形骸化し、廃止(1992年)につながっていく。
級別制度に代わって広まったのが、「特定名称酒」の分類。「純米」「吟醸」「大吟醸」といったいまや当たり前に使われている呼称が、平成初期から普及していった。手に取った酒の原料と精米歩合が一目でわかるようになった。
同じころ、新しい飲み方として広まったのが「冷酒」だ。冷蔵庫の普及や、洋酒が“冷やして飲む”スタイルだった影響もあり、香りのよい吟醸酒を冷やして楽しむ文化は抵抗なく受け入れられた。昭和までは「燗酒」か常温の「冷や」が中心だったため、1990年前後に起きたこの変化は日本酒にとって大きな転換点だった。
あまりに自然に広まったため語られることは少ないが、この飲み方の変化は一見ポジティブに見えながら、実は後々、別の問題を残すことになる。
忘れられた“燗酒”は、文化継承が途絶えた象徴
東京都内で熱澗専門店を営む水原将さんは「日本酒離れの理由のひとつは冷酒だ」と言いきる。
水原さんは東京・渋谷でウイスキー専門店を営んでいたが、常連客が肝硬変で亡くなったことをきっかけに「百薬の長」となる酒を求め、日本酒にたどり着き、店を日本酒専門店に切り替え、冷酒を出すようになった。
「ところが、冷酒を出すようになったら、ウイスキーを出していたころより、酔い潰れて吐く、寝る、暴れるお客さんが明らかに多く、酔い方が酷くなったんです」
その原因を探るために図書館に通い、人間の消化・吸収のメカニズムを調べた。そして「燗酒こそ正しい日本酒の飲み方だ」と考えるに至ったという。
「アルコールは体温に近い温度で吸収されます。冷めたい酒の場合は、内臓で体温ほどまで温めてから吸収が始まるんです。すぐに酔わないから、どんどん飲んで内臓に溜まる。やがて体温近くまで温まったところで一気に吸収が始まるから、酩酊します」
やがて飲み過ぎたアルコールの分解が始まると、肝臓の処理能力を超えたアセトアルデヒドが血中に流れる。これが二日酔いの原因になる。
「アルコール度数高め、かつ冷やして飲む酒は全般的に要注意ではありますが、日本酒の冷酒は水や氷で割らず、口当たりがいいからスイスイ飲めてしまうのでさらに要注意。冷酒はこのワナに落ちやすく、『日本酒は苦手!』となる人を増やす要因になるんです」
日本酒の冷酒の温度は5〜10℃。一方、燗酒は30〜55℃(水原さんの店は65℃以上)と体温に近いため、早めに吸収が始まり、早く酔う。熱燗(50℃)のような熱い酒はちびちびと飲みアルコールを一気に体内に取り込まないため、結果的に体に優しい飲み方になる。
そもそも、日本酒は温めて飲むものだった。安土桃山時代に来日したイエズス会宣教師、ルイス・フロイスは「我々は酒を冷やすが、日本では酒を温める」と報告している。少なくとも1500年代後半、約500年前から燗酒が当たり前に飲まれ、昭和時代までは燗酒がスタンダードだった。それが長年に渡って積み重ねられた、日本酒の飲み方の“最適解”だったのだが、いつしか忘れられていった。
燗酒離れが進んだ原因として、水原さんはこんなことを指摘する。
「美味しく燗酒をつけるのは実は簡単ではなく、昔は飲み屋に“お燗番”がいたほどです。日本酒嫌いの人の中には、居酒屋で美味しくない日本酒を適当に燗した酒を飲んでイヤになった人も多いでしょう。日本酒が正しく、美味しく飲まれていないことが、日本酒が衰退する原因になっているのではないでしょうか」
店の「お燗番」が消え、家庭でも燗酒文化が受け継がれないまま、日本酒は飲み方の文化そのものが崩壊してしまったのである。
「正しく飲む」という点で言えば、冷酒も消化吸収のメカニズムを知り、節度を持って飲めば悪酔いはしないはずが、ぐいぐい飲んで“自滅”し、悪酔いイメージを持つ人が増えていった。
ここでもう一度言っておきたい。日本酒は明らかに美味しくなった。いま、我々は歴史上最も美味しい日本酒を口にできている。にも関わらず需要が減るばかりなのは、日本酒との正しい付き合い方と、美味しい飲み方がしっかり広められていないことが最大の原因ではないだろうか。そして広めようという動きが大きくならないことも。
水原さんは日本酒の良さを強調しながらこう付け加える。
「燗酒は炊き立てのお米と同じようなものです。様々な料理と相性がいい。ご飯とおかずを食べるように、口内調味しながら燗酒とつまみを食べてください。美味しさがより際立ちます。ウイスキーやワインは料理を選びますが、純米酒の燗酒は料理と喧嘩することがないんです。日本酒は“無敵”のお酒だと思っています」
古くから温めて飲まれてきた日本酒は、冷やして飲む洋酒の浸透によって“ブレた”。その結果、冷酒という新ジャンルを生み出したものの、市場は失われていく一方だ。
本領を発揮できていない國酒を守るために、冷酒を含めた日本酒の飲み方の検証、そして“燗酒文化”の復興と文化輸出を行ってはどうだろうか。
日本酒を失うことは、日本文化の大きな“幹”のひとつを失うことになる。消滅への坂道を落ち続けていることを、日本人があまり気付けていないのもモンダイである。
日本酒を観光商品だけの存在にしてしまうのか、文化の幹として未来につなぐのか。選択の猶予は、もうそれほど残されていないのかもしれない。