自給率1割、輸入が止まれば清潔と安全が止まる「#塩ビンボー」モンダイ
#塩ビンボーモンダイとは?
海に囲まれた島国にもかかわらず塩の自給率は11~12%で、国内で消費される約9割は輸入頼りである。しかも、その多くは食用ではなく工業用。戦争や物流の混乱で塩の輸入が止まれば、困るのは食卓ではない。医療、水道、化学、製造業という「清潔と安全」を支える社会インフラそのものなのだ。
1. 日本は塩の輸入大国|年間約600万トンという膨大な塩を海外から輸入。自給率は必要量の1割程度にとどまる。
2. 塩製造の自然条件|岩塩が採掘できない日本は海水から塩を作るしかない。しかし、海水由来はコストと供給体制の面で大規模化しにくく、結果として輸入依存が進んだ。
3. 専売制の影響|効率と大量生産を優先した結果、伝統的な塩田は1970年代にほぼ姿を消し、安く大量に輸入するものに転換した。
4. 社会インフラを支える認識の薄さ|水道を消毒する塩素、石鹸や紙類など日用品の製造、アルミニウムの精錬、半導体の製造などに塩由来の成分が欠かせない。
5. 生命維持装置として以上の存在|酷暑対策の「塩分」だけでなく、日本人の生活そのものを支えるのが塩である。
日本は海に囲まれた島国でありながら、塩の自給率はわずか1割程度にとどまっている。私たちが使う塩の約9割は輸入に依存しているが、その多くは食用ではない。医薬品や消毒、水道水の浄化、半導体洗浄、石鹸や融雪剤など、清潔と安全を支える工業分野で使われている。生命維持に必要不可欠な資源でありながら、自給率1割。この現実を、日本人は理解しているのだろうか?
海に囲まれていながら塩がない国、日本
島国の日本は四方を海に囲まれ、海の幸に恵まれている。魚介類が豊富で、海藻文化も発達してきたこの国で、「塩が足りない」と聞いて違和感を覚える人は少なくないだろう。
塩は海水から作れる。日本には長い海岸線がある。そう考えれば、塩はもっとも身近で、もっとも潤沢にある資源に思うのが普通だ。だが、スーパーで気軽に買える価格帯の塩のパッケージを裏返して見ると驚きの発見がある。
いかにも国内の産地で製造されていそうな商品名、国内製造や国産と書かれていても、原材料欄には「天日塩(メキシコ)」、「天日海塩(オーストラリア)」といった国名が並んでいることが多い。製造工程は日本でも、原料となる塩は海外産。そうした商品が、いまの日本の塩売り場では決して珍しくないのだ。
それもそのはずで、最新の財務省統計や業界データを読むと、日本の塩自給率はおおむね11~12%と報告され、1割程度にとどまっている。海に囲まれた国としては、国際的に見てもきわめて低い水準だ。オーストラリアやメキシコのように大規模な塩田を持つ国はもちろん、海に面していない国であっても、岩塩などを利用して一定の塩自給体制を確保している例は少なくない。

日本は岩塩が採掘できないため利用できるのは海水のみになるが、塩を自給できない理由は自然条件だけでなく制度と政策の選択にある。背景にあるのが、塩の専売制だ。
1905年、明治政府は塩専売制を導入した。開国後に流入した安価な外国産塩への対策と、日露戦争の戦費調達という国家的事情がその理由だった。第二次世界大戦後の1949年に日本専売公社が設立され、塩はたばこなどとともに国家管理のもとで安定供給される体制が続く。この制度は1989年まで存続した。
専売制のもとで、日本の製塩は「効率」と「大量生産」を最優先する方向へ進んだ。そのため、1970年代初頭には、海水を汲み上げ、天日で濃縮し、釜で煮詰めるといった手間と時間のかかる伝統的な塩田は、ほぼ姿を消したのである。
こうして日本は、海に囲まれていながら「塩は安く大量に輸入できるもの」という前提の上に成り立つ国となった。
日本で塩が「食料」として語られてこなかった背景には、省庁の管轄の問題もある。
米や小麦などの農産物は農林水産省の管轄であり、カロリーベースの食料自給率として毎年数値が示される。一方、塩は長く専売制度のもとで財務省に管理され、財政や産業資源として扱われてきた。
その結果、塩は「食料安全保障」の議論から制度的に外れた存在となった。生命維持に不可欠でありながら、カロリーを持たないという理由で数値に現れず、工業資源として別枠で扱われてきたのである。
だが、供給が止まったときの影響を考えれば、塩はむしろ最優先で語られるべき資源だったはずだ。
私たちは「食料自給率」を知っているつもりで、実は社会を根底から支える資源を見落としてきたのではないだろうか。
塩は食べ物にととまらず、社会インフラだった
塩の自給率が1割程度と聞いても、日常生活で塩不足を実感することはない。それは、日本に輸入されている塩の大半が「食用」ではなく「工業用」だからだ。家庭で使う塩はひとりあたり年間数キログラム程度だが、工業用途では桁違いの量が消費されている。
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工業用塩の使われ方を、身近な例で見てみよう。
重曹は掃除や医療で使われるおなじみの物質だが、自然に存在するものではない。原材料は塩である。輸入された工業用塩からナトリウムを取り出し、二酸化炭素などと化学反応させることで、はじめて重曹となるのだ。
同じ工程から、石鹸や洗剤の原料となる苛性ソーダも生まれる。苛性ソーダは紙・パルプの製造、アルミニウムの精錬、各種化学製品の製造など、幅広い産業で使われ、私たちが日常的に使う洗剤や紙製品も、突き詰めれば塩に行き着く。
また、水道水を消毒するために使われる塩素も、原料は塩だ。蛇口をひねれば安全な水が出てくる。この当たり前は、塩を起点とした化学工業によって支えられている。
そんな工業用塩の消費量は、家庭用とは比較にならない。ひとつの化学工場で、年間数万トン規模の塩が使われることも珍しくないのだ。もし、苛性ソーダや塩素が不足すれば、洗剤や紙製品だけでなく、医療用資材や製造業のラインそのものが止まる可能性がある。
半導体製造においても、塩由来の化学薬品は欠かせない。微細な回路を洗浄し、不純物を除去する工程がなければ、スマートフォンや家電、産業機器は成り立たない。さらに、雪国で道路や空港の滑走路を守る融雪剤も原料は塩である。
塩は調味料である以前に、「清潔」「安全」「安定供給」を成立させる社会インフラなのだ。
もし塩の輸入が止まったら、静かに崩れる経済と日常
世界の塩の年間生産量は約2億7000万トン。日本はそのうち、年間約700万トン前後を輸入している(年度により変動)。主な供給元はオーストラリアやメキシコだ。
メキシコには世界最大のゲレロネグロ塩田、オーストラリアにも広大な塩田が複数あり、トップの写真のような光景が広がる。2025年には三井物産がオーストラリア・オンズロー塩田を拡張、数年間で生産量を増産すると発表したほか、日本を代表する商社が各国で製塩を手がけている。

各国との友好的関係のもと、安定供給が前提とされてきた。しかし、昨今の世界情勢の不安定さは、その前提の永続性を覆すかもしれない。戦争、国際紛争、物流の混乱――。もし塩の輸入が止まれば、その影響は段階的に現れる。
まず工業用途向けの在庫が減少し、化学製品や医療資材の生産に遅れが出る。次に、水道水の浄化や消毒といったインフラ部分に影響が及び、「安全な水」が当たり前でなくなる。食卓に影響が出る頃には、すでに経済活動や衛生環境は大きく損なわれている可能性が高い。
塩の問題は「食べられるかどうか」ではない。社会が機能し続けられるかどうかの問題だ。
近年、酷暑の影響で塩は熱中症対策として注目を集めている。だが塩は、人間の生命維持に必要なだけでなく、日本人の日常そのものを根底から支えてきた存在だった。
日本の塩自給率は、1割程度にとどまっている。この「塩ビンボー」の現実を、私たちはどこまで理解しているだろうか。