ニッポンモンダイのロゴ

その「 ? 」が、世界を変える

#止まれないママチャリ暴走族とは?

朝7時台の住宅地で繰り広げられる「自転車戦争」。前後に子どもを乗せ、スーツ姿で電動アシスト付き自転車を走らせるママたちの姿は、いまや都市風景の一部となった。電動アシスト付き自転車の普及は、子育て世帯の必需品でありながら、“ねじれた生活動線”の象徴でもある。危険運転を糾弾する声が上がる一方で、なぜママたちは止まれないのか? “ゆとり”を奪われたママたちがハマった社会構造を紐解く。

1.一馬力では暮らせない経済構造│共働き世帯が主流になった今、母親が働くかどうかは“選択”ではなく“生存戦略”。住宅費・教育費・生活コストの上昇により、一馬力では家計を維持できず、育児中でもフル稼働せざるを得ないというのが現実だ。

2.共働きを想定していない都市設計│駅と保育園が離れ、住宅地は坂が多く、生活動線は複雑なまま。“昭和の都市設計”の上に共働き社会だけが進んだ結果、通勤と送迎ルートが一致せず、朝の移動は常にタイムアタック。物理的に“止まる余裕”が奪われている。

3.電動アシスト付き自転車という“便利な罠”│電動アシストは「坂道でも2人乗せでも行ける」救世主のように普及したが、その便利さが逆に“止まれない生活”を加速させた。効率を優先するほど危険運転に傾きやすく、便利だからこそ依存し、依存するほど生活のゆがみを引き受けてしまう。

4.「キラキラ」神話と罪悪感のループ│「仕事も美容も育児も全部がんばるママ」が理想化される一方で、余裕を持てない現実は“努力不足”として女性自身に返ってくる。SNSの「キラキラ発信」はプレッシャーとなり、働かなければ不安、休めば罪悪感という負のループを生む。

5.ブレーキの壊れた日本社会│ママチャリ暴走族は、個人のマナーではなく日本社会の“壊れたブレーキ”の象徴だ。共働き必須の経済、昭和仕様の都市設計、個人に責任を押しつける文化、そして時間の奪い合い。社会全体が加速し続け、立ち止まる余白が失われている。

共働き世帯は全国で1300万世帯を超え、専業主婦世帯の508万世帯を大きく上回った。しかし、都市設計はいまだ“専業主婦モデル”のままで、駅と保育園が離れたベッドタウンでは、ママたちが電動アシスト付き自転車で毎日坂を登り、通勤に急ぐしかない。
育休からの復職率は93.2%、産後1年前後での復職が全体の3分の2を占め、時間的にも体力的にも余力がない共働き社会が進行している。
ママチャリのペダルが止まらないのは、マナーだけのモンダイなのか? 本質は、日本の“ブレーキが壊れた社会構造”にあるのかもしれない。

朝7時、ママたちは自転車戦争に突入する!

朝7時台、東京郊外のベッドタウンでは、家から駅と反対方向へ電動アシスト付き自転車(以下、電動自転車)が疾走する。車体に設置されたチャイルドシートの前に子ども、後ろにも子どもを乗せて“スーツの出勤スタイルで足もとはスニーカー”のママがペダルをこぐ。信号が赤に変わる瞬間、止まるよりも横断歩道を渡る。止まれば片手のスマホで今日のスケジュールを確認しながら、もう片方の手でブレーキを握る。

一心不乱に保育園、駅へ向かう“ママチャリ暴走族”だ。

近年はヘルメット着用が努力義務となり、悪質な運転に対しては反則金の支払いを求める「青切符」による取締りが2026年4月1日からはじまる。危険運転の増加に伴い罰則が設けられたにもかかわらず、朝のママたちの暴走は止まらない。

なぜなら、子育て中の朝は忙しいからだ。朝5時に鳴るアラームを止めてベッドからはい出たら朝ごはんを用意し、子どもを起こし、夫も起こし、家庭によりお弁当を作り、ママ自身の身支度を整え、忘れ物がないかチェックをして子どもを保育園に送る。送迎のなくなった学齢になれば少しラクになるとはいえ、集団登校の場所まで送る場合もあるだろう。

自宅が郊外であるほど電車1本の遅れが致命的な遅刻を招くため、保育園に送ってからは始業時間に間に合うよう駅まで必死にペダルをこぐ。ママたちの1日の幕開けは、時間との戦いだ。そんなママたちの暴走チャリに、一度や二度ヒヤッとした経験があるかもしれない。マナーが悪いと思っただろう。しかし、止まれない理由は彼女たちではなく、社会の設計である。

そもそも、都市部のベッドタウンは、父は通勤・母は専業主婦前提に作られている。特に一軒家エリアであれば、駅から遠く、坂道も多く、保育園は点在。通勤ルートが物理的に合わない場合も多い。

ところが、一馬力では家計が成り立たない現在、社会の設計がどうであれ、母親は働かざるを得ない。総務省統計局「労働力調査特別調査」によれば、2024年時点での共働き世帯は1300万世帯に達し(前年より22万世帯増加)、専業主婦世帯は508万世帯へと減った(前年から9万世帯減少)。

出典:「共働き世帯、専業主婦世帯の推移」独立行政法人 労働政策研究所・研究機構

だが、街の構造は昭和のまま。東京23区や横浜市内、大阪市内、名古屋市内など主要都市の都市型通勤圏の駅から徒歩15分程度の住まいでも、歩いて子どもを保育園へ送るのは非現実的だ。そこに登場した電動自転車は、2000年代に入って需要が拡大し、いまやママチャリの主流になった。決して安くない買物の電動自転車だが、経済産業省の「生産動態統計調査」によれば販売数量、金額ともに右肩上がりで、グラフのカーブは共働き世帯の増加と似ている。

出典:経済産業省「電動アシスト車が牽引、堅調な自転車産業」

電動アシストによりペダルが軽いのが最大の利点だ。しかし、4~5歳児の子どもの平均体重はおおよそ17kgになり、前後に子どもを乗せればそれだけで34kg、電動自転車の平均重量は20~30kg。総重量50~60kgを乗せての自転車の運転は、停車時にバランスを崩しやすく、止まる方が危険である。

実際、ニッポンモンダイ編集部員の妻は、前に4歳児、後ろに6歳児を乗せて停止時にバランスを崩し転倒。6歳児の方が、自身の体重と電動自転車の重さを左手1本で受けて骨折をした。

一般的なママチャリより重さがある分、ケガが重くなる可能性が高い電動自転車。利用者自身も危なさを感じているだろうが、子どもふたりを乗せても移動が容易な利便性は捨てがたい。これが、暴走の引き金になっているといえる。

「共働きを前提にした街」は、日本にほとんどない

共働きは当たり前になったにもかかわらず、街作りはまだ“専業主婦モデル”のままだ。駅と保育園が離れ、駅近の保育園は争奪戦で、敗れれば通勤と送迎は別ルート。この物理的ギャップこそが、“ママたちが止まれない”最大の要因だ。

共働きを前提にした街とは、下記の条件が挙げられる。
・保育園と駅が同一線上にあり、子どもを送ってそのまま通勤できる。
・駅前に屋根付き・チャイルドシート対応の駐輪場がある。
・駅構内に保育園や一時預かり、ワークスペースがある。
・住宅、学校、商業施設が徒歩圏で完結。
・延長保育、学童がフルタイムの共働き仕様。

千葉県の柏の葉スマートシティや福岡市のアイランドシティでは、職・住・学・遊の機能を近接させる「ミクストユース(混合利用)」 の街作りが進んでいるが、例外的である。

社内に保育園を設けたり、サテライトオフィスで通勤時間の短縮を図ったりなど働くママ支援の取り組みをしている企業もあるが、この恩恵を受けられるのは大企業を中心にごく一部に限られる。推進が進む男性の育児休暇だが、厚生労働省の「令和5年度 男性の育児休業等取得率の公表状況調査(速報値)」によれば、従業員1000人超の大企業を対象にした回答企業での男性育休期間は平均46.5日。これでは、多くのママは、時短勤務でもフル稼働、保育園の送迎も全力疾走を“しなければいけない”。

だが、前述の通りにほとんどのベッドタウンでは、母親が外で働くことを想定されていない生活動線。 “止まれないママチャリ”の責任は、ママ自身のモンダイなのか?

マナー違反を指摘するのは当然だが、そこだけを切り取ると本質を見失う。共働きをしなければいけない、一馬力では家計を支えきれない現実があるからだ。つまり、「共働きするしかない現実」と「共働きを想定していない都市設計」がぶつかっているため、ママたちは暴走する。

一馬力では暮らせない国が、ママたちのブレーキを壊した

電動自転車の便利さは、時間を節約し、体力を温存させる代わりに、社会が抱える経済的歪みを可視化してしまった。

筆者の身近な例を挙げると、出産まで1か月を切るまで働き、2か月以内に復職する予定というアイリストがいる。理由を聞くと「稼がないと子どもを育てられない」という答えが返ってきた。育休からの復職率は2024年には93.2%、1年前後での復職が最も多く、全体の約2/3を占め、児童のいる母親の就業率は8割を超える。働くことは、今や選択ではなく生存戦略になっている。保育園が増えても、政府が子育て助成金をしても、「時間のゆとり」は一向に増える気配はない。

出典:厚生労働省「令和5年度 雇用均等基本調査」 より作成 ※「育児休業後復職者」は、調査前年度1年間に育児休業(産後パパ育休を含む。)を終了し、復職した者をいう ※編集部注:平成30年のデータは、現在30〜40代のママの多くが第一子・第二子の未就園期にあった時期と重なる

さらには昨今、メディアやSNSで「ママでも起業」や「ママでも美しく」と、仕事も美容も諦めない、がんばる母親像を理想化してきた。自己実現に邁進するのは素晴らしいとはいえ、逆にいえば、「働くことを諦めたら負け」、「余裕がないのは努力不足」であり、就業しないことに焦りや引け目を感じるようなムードすらある。 “キラキラママ”は現実の多忙を覆い隠すスローガンで、いつしか女性にすべてを背負わせる免罪符に変わっているのではないか?

政府が掲げる「女性活躍推進」は、保育や交通などの安全設計を伴わないまま、理念だけが走っている。ママたちは時間に追われるのではなく、社会構造そのものに追い立てられているのだ。時間・労働・家族・自分自身のどれを犠牲にするのか、常に選択を迫られている。 “止まれない日本社会の縮図”が、“ママチャリ暴走族”を誕生させたといえる。

子どもが成長し、いつかママたちは電動自転車を降りる日が来る。だが、高齢化するころには、ベッドタウンの坂道は別の意味で危険地帯となりかねない。“止まれないまま”歳を重ね、車にも乗れないなら、そこにあるのは買物難民の未来だ。

子育て期の“時間貧困”は、老後の“孤立貧困”に直結している。電動自転車のペダルをこぎ続けたその足は、どこへ向かうのか?

ママチャリ暴走族は、加速し続けてブレーキを失った日本経済の象徴である。マナーだけの問題ではない。保育・交通・安全、そして時間が再設計されない限り、ママたちは暴走し続けるしかないのである。

もし、ママたちの電動自転車のペダルが止まる日が来るならば、それは、日本が「一馬力でも暮らせる社会」を取り戻した時なのだろう。

この記事の執筆者とインタビュアーの紹介

執筆者

Naviee

編集委員/デスク

編集、ライターほか。出版社勤務時代はコギャル全盛期のティーン誌で編集を担当し、その後フリーに。週刊誌、テレビ情報誌、アイドル誌などでインタビュー、ルポ、グルメ、健康記事を執筆。書籍では人気タレントのブログ本企画やベストセラー占い本の編集にも携わり、時代を映す企画に多数かかわる。日本ロマンチスト協会 研究員。