住宅街の生活道路が観光インフラに消費される、公道カートの「#ステルス車庫」モンダイ
#ステルス車庫モンダイとは?
外国人観光客に人気の公道カートの車庫が住宅街に設けられることで、地域住民は、エンジン音や観光客の嬌声、事故の不安や日常生活に我慢を強いられるオーバーツーリズムの不条理さにさらされる。
1.公道カートが住宅街に│車庫が設けられるのは観光地付近の住宅街
2.8割超が危険・不安を感じる│住宅街や学校・公園近くの車庫に警戒
3.子どもたちのすぐ近くにある車庫│隣は保育園、目の前は児童公園
4.規制の空白地帯│生活道路が講習ルートになっている
5.生活道路が観光インフラになる│車庫にもルールづくりが必要
2023年10月、秋祭りが催された週末に東京スカイツリーのお膝元の下町が困惑した。地元住民が担ぐ神輿の横を、爆音をたてながら公道カートがすれ違う。公道カートの事業所が、下町の生活道路に面し開業したのだ。ひとつおいたビルには保育園、目の前に児童公園、1000戸以上の集合住宅が立ち並ぶエリアである。地域住民の日常はどこまで観光に使われるのか。
対策なき観光カートの横行を、危険・不安と感じる人は8割超
観光用の公道カートは、世界的人気ゲーム・マリオに扮して東京の街を走れることで外国人観光客に人気となるも、2018年に任天堂が著作権侵害にあたると損害賠償を求めて提訴し、その存在が全国的に知られるようになった。
コロナウィルスの蔓延により一時的に下火になったが、サービスを提供する事業者が消えることはなかった。人気ルートであるスクランブル交差点を擁する東京都渋谷区は2025年6月に区の関連条例を改正、新規事業者には開設届や走行ルート図の提出などで規制を強化。同区笹塚の商店街からほど近い住宅街にあった車庫(事業所)は地元住民の熱心さと区議による働きかけで移転した。
その渋谷区に隣接する目黒区では、小学生の保護者から懸念の声が聞かれる。首都高の目黒出入口付近(所在地は港区白金台)は、小学生の通学路と公道カートが交差し、高速へ侵入する一般車も多い。「いつ事故が起きてもおかしくない」と不安を抱えているという。
こんな風に走行中は目立つ公道カートだが、その発着地点となる車庫は地域住民以外にほとんど意識されない。存在ではなく、モンダイとして見過ごされてきた「ステルス車庫」である。 そこで、公道カートが観光地のうち、東京・大阪在住者1000人を対象に「公道カートをドライブする姿を見たことがあるか」の質問でアンケート調査を実施した。リアルやテレビを問わず「見たことがある」と回答した人から300人を抽出し、本アンケート調査を実施。ここから見えてくるのは、公道カートが“身近”となった場合に「危険・不安」と感じるのは8割超になることだ。

公道カートの運転には国際免許が必要で、渋谷区は利用者の運転免許証の確認徹底を条例に組み込んだ。それでも、交通ルールの異なる異国で観光客が運転することそのものに不安を覚えるのは当たり前のこと。もし自宅付近に車庫が置かれた場合を想像すれば、結果は自然である。
SNS上では「カートを予約した、楽しみ!」と日本観光への期待を語る諸外国人の投稿に、「日本人は嫌っている」や「迷惑だ」という返信もつく。筆者の友人であるカナダ人に意見を求めたところ「(公道での走行を)許可している国を他に知らない。東京で何度か見かけたが、騒音はひどいし、路上でも危険な存在。本来なら閉鎖されたサーキットで走らせるべきもの」と語った。日本を訪れる観光客と同じ立場であっても、これを“危ないエンターテインメントだ”と冷静に認識している外国人も確実に存在するのだ。
現場で見えてきたのは「走行」だけでなく「車庫」の問題だった
本記事でスポットをあてるのは、東京スカイツリーのお膝元である墨田区の住宅街に2023年10月に開設された『モンキーカート浅草店』である。運営会社は、2023年9月に渋谷区笹塚の車庫を閉鎖したのとほぼ同時期である9月6日に法人所在地を笹塚から墨田区横川へ移し、翌10月から営業を開始した。
春日通りの終点近くから入った生活道路に面する場所に設けられた車庫は、元は製造業の建物のため奥行きがあり、何十台もの公道カートが格納され利用者が発着する。
車庫の隣は保育園、目の前は児童公園、斜め向かいには264戸のマンションをはじめ周辺には都営住宅790戸もあり、住民が非常に多いエリアだ。コミュニティバスの運行ルートでもあり、日中は一般車両や宅配トラックの往来も多い。さらに、半径300m圏内に小学校、すみだ保健子育て総合センターや地域福祉事業所という子どもや高齢者、子育て世代が日常的に利用する施設が密集している。
地元民に取材をすると、走行ルートに面したマンションの住民は意外なことに、公道カートのエンジン音よりも不規則な観光客の嬌声が気になり、「春や秋に窓を開けたいけれど、開けられない」と生活の質の低下を訴える。そのマンションから車庫を観察させてもらうと、観光客に向かって「Stay inside, please」とスタッフの張り上げた声が上階まで聞こえた。
複数の近隣住民に取材を進めると、横断歩道をわたる自転車と接触寸前、小中学校の下校時間に子どもたちが危ない目に遭う、歩道への乗り上げなどヒヤリハットの証言が多く挙がった。出発してすぐ信号のない横断歩道があり、隊列が通りすぎるまで歩行者が待つことも常態化している。観光客が運転する三輪バイクが、車庫のシャッターを破り路上へ飛び出したのを目撃した住民もいた。

観光客が街(公道)に出る前に、まずスタッフが運転する三輪バイクの後部座席に利用者を乗せ、扱い方を説明する簡易的な初心者講習も行う姿も、頻繁に目撃されている。
講習ルートは、①264戸のマンションと都営住宅の間の生活道路 ②車庫を右に出て春日通りを左折 ③車庫を左に出て本所警察署の手前を左折して周回、という3ルートのようだ。そして、三輪バイクが児童公園の横に駐車されているのも、日常的な光景となっている。

モンダイは、公道カートそのものではない。住宅街に設けられた車庫から、毎日公道に出発着し初心者講習を含めた運行が繰り返されて、生活道路が観光インフラとして使われる点にある。
しかし、開業から3年近くが経過した現在、仕事で近くをよくハイエースで通過する40代の男性は「危ない、けど正直慣れちゃった」と言い、車庫向かいの会社は、公道カートが出庫するまで自社の車を出すのを待っている。

古くから住む住民の中には、「ご商売だから誰にも貸さず、空けておくわけにもいかないでしょうから」と家主に理解を示す声もあった。東京スカイツリーが開業するまで観光とは無縁だった下町だけに、“人情”が皮肉にも現状を受け入れる空気につながっているのだ。
自治体ごとの対応だけで解決できるのか?
渋谷区のように議員の働きかけにより条例が整えられればいいが、それを各自治体が迅速にできるのかといえば、難しいだろう。墨田区では開業直後に近隣町会が連携し警察へ相談したが、条例や法律もなく、何も起きていない現状では対応ができないという話だったそうだ。

アンケート結果の通り事故前に対応を求める声は約90%だが、現状、警察は何もできない。また、事故そのものは事業者のコントロール下になく、利用者の運転スキルや諸条件に左右され、規制がない現状では不安が募る。
さらには、墨田区で取材を進めている最中、車庫からわずか100mの距離の違いで近隣住民の危機感に決定的な温度差があるという事実も浮かび上がった。初心者講習ルート②の少し先に住む80代の男性は「こんなもん危なくないよ」と一蹴する。一区画離れた都営住宅に住む40代女性は「楽しそうだから息子を一度、乗らせたい!」と、観光客に近い呑気な意見を口にした。
これこそ、裏を返せば公道カートの害悪が車庫とのゼロ距離というピンポイントの「点」の住民にだけ押しつけられていることの証左だ。渋谷区のスクランブル交差点を筆頭に、台東区の浅草寺前など観光地で危険を感じる「面」は多くの人が想像しやすいが、車庫という「点」はごく一部の住民だけが実害をこうむる構造なのだ。
こうした実態を踏まえ、自宅の近くへの車庫設置について尋ねたのがQ3である。

アンケートでは「条件付きなら可」は47.3%で最多となり、一見、公道カートに理解を示す人が多いようにも見える。しかし、Q1とQ3をクロス集計すると、「条件付きなら可」と回答した人の約86%は、Q1では「危険だと思う」「やや不安」と回答をしていた。つまり、「条件付きなら可」は容認ではなく、「条件が整えば受け入れられる」という慎重な姿勢なのだ。

ところが、その「条件」を定める仕組みは見えていない。自治体ごとに対応が異なるままでは、事業者がより規制が緩い地域に移転するだけの“いたちごっこ”になりかねないのが現状である。
2025年12月に公道カートの集団走行に関する質問主意書(※1)を国会に提出した、前衆議院議員・元国家公安委員長の松原仁氏に、本記事で取り上げた車庫の実態についてコメントを求めた。
「昨年、地域の皆様との国政報告会・意見交換会の場において、公道カートの集団走行に対する強い懸念の声をいただきました。これを受け、実態把握に向けたヒアリングと調査を行い、この問題に対する政府の認識と対応を質すべく質問主意書を提出致しました。
当初は単なる交通安全上の課題と捉えていましたが、実態を掘り下げるにつれ、問題の本質はそれに留まらないと考えるに至りました。営業所や車庫の周辺では、生活道路が事実上の営業スペースとして利用されており、住民の皆様は騒音や観光客への対応、事故への不安を日々強いられています。補償や同意もないまま、住環境の保全と公共空間の適正利用という観点からも、もはや一刻の猶予もなく、新たな制度的枠組みの構築に踏み出す段階を迎えていると考えます」
最多の「条件付きなら可」の条件を誰が決めるかは見えていない。公道カートを走らせることの是非だけではなく、どこなら車庫を設けられ、どのような条件で営業を認めるのか。観光と暮らしを両立させるためには、「走る場所」だけでなく「発着する車庫」にも目を向けた制度設計が求められている。
(※1)
〈公道カートの集団走行に関する質問主意書〉
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a219184.htm
〈答弁書〉
https://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b219184.htm