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#何を祭っているのかモンダイとは?

神事や祈り、地域の伝統として受け継がれてきた祭り。一方で、現代では屋台や花火などの娯楽として楽しむ人も多い。由来や意味が薄れ、昔ながらの形が変わっても、祭りは残すべきなのか。何を残せば「伝統」と呼べるのかを考える。

1.屋台、神事、花火が同居|現代の祭りは娯楽と信仰が重なる場
2.何を祭っているのか|由来や意味を知る人は36%
3.形が変わっても残したい|由来を知る層ほど継続を支持

屋台に花火、神輿に盆踊り。日本の祭りは、信仰や祈りだけでなく、地域のにぎわいや娯楽の場としても受け継がれてきた。全国300人を対象にした調査では、祭りの由来や意味を十分に知る人は36%にとどまった一方、意味や昔ながらの形式が薄れたり変わったりしても、「祭りそのものを続けることに意義がある」と答えた人は67%にのぼった。では、現代の私たちは、祭りを通していったい何を受け継ごうとしているのだろうか。

現代の「祭り」は、何を楽しむ場になっている?

「祭り」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。神輿や山車、神社への参拝だけでなく、屋台の食べ物や花火、家族や友人と過ごした時間や初デートを思い出す人も多いはずだ。

そんな祭りに、どんな楽しさを求めて人々は集うのか。全国300人へのアンケートで聞いた「祭りで楽しみにしていること・魅力を感じること」のトップ回答は「屋台・露店などの食べ物」が41%と最多。続いて「花火や演出」が34%とイベント要素が強い項目が上位を占める結果となった。一方、「神社・寺院への参拝や神事」も25%にのぼる。

アンケートの結果から透けるのは、現代の祭りは、「宗教や歴史的行事」と「娯楽イベント」のどちらかではなく、その両方が重なった場になっているということだろう。

何を祈る「祭り」なのか。由来を知る人はわずか36%の現実

続いて、「地域の祭り」について、由来や意味についての認知度も質問をした。「よく知っている」の12%と「おおよそ知っている」の24%は合計36%であり、「詳しく知らない」と「知らない」の合計64%を大きく下回った。

そこで、Q1とQ2をクロス集計した。「神輿を担ぐ、踊るなど参加すること」を魅力として挙げた人では、77.4%が祭りの由来や意味を「よく知る」「おおよそ知る」と回答。「地域の人との交流」では75.7%だった。一方、「屋台・露店などの食べ物」では42.3%、「花火や演出」では43.1%であった。

祭りの中に自ら入り、地域の人とかかわることに魅力を感じる人では、その祭りが“なぜ行われているのか”を知る割合が高かった。一方、屋台や花火といった娯楽を楽しむ層では、その割合は4割程度にとどまる。

では、「祭りの由来や意味を知る」とは、具体的に何を知ることなのだろうか。

島根県松江市美保関町にある、えびす信仰の総本山・美保神社で行われる「神迎神事」と国の無形民俗文化財に選択されている「蒼柴垣神事」に至るまでの一連の神事。人口減少と少子高齢化による担い手不足により、執行役の氏子がいなくなり深刻な存続の危機に直面していると読売新聞オンラインが報じた(2026年8月11日)。

美保関町で約600年受け継がれてきた一連の神事では、えびす様に魚のヒラマサを神饌(しんせん)として供える。現在、えびす様といえばタイを抱く姿が広く知られているが、美保関町に残るのは、それとは異なる古い海との結びつきを感じさせる習わしだ。祭りや神事には、こうした土地の生業や信仰、かつての暮らしが折り重なっている。

しかし、祭りを担う氏子代表の「当屋(とうや)」やその経験者「頭人(とうにん)」は、えびす様が嫌うとされる鶏肉や鶏卵を食べてはならない、をはじめ、1年間に及ぶいくつもの禁忌が課される。祭りに臨むまで、人のいない深夜に海で体を清めてから美保神社を含む6社を巡り祈りを捧げるが、人に見られたらやり直しという厳しいしきたりもある。

美保関町のケースからは、祭りの意味や作法を色濃く残してきた神事ほど、担い手不足や生活様式の変化によって、従来の形をそのまま続けることが難しくなっている現実が浮き彫りになる。

また、今年10月20日には、天下の奇祭・はだか祭りとして知られる岡山県岡山市の「西大寺会陽」を象徴する「宝木争奪戦」を2027年は中止することが発表された。500年以上の歴史があり国指定重要無形民俗文化財であるが、2026年2月の死亡事故を受けての決定である。

こちらは、祭り自体は続けるが、その中心的な形式は見直す。伝統を守るために形を残すのか、それとも形を変えてでも祭りそのものを残すのか。各地の祭りは、いま同じ問いに直面している。

「意味」が変わっても、祭りは残したい。67%が継続に意義があると回答

では、祭りの由来や宗教的な意味、昔ながらの形式が薄れたり変わったりしても、祭りそのものを続けることに意義はあるのだろうか。

Q3では「祭りを続けることに意義があるか」を聞いた。「大いに意義がある」は19.3%、「ある程度意義がある」は47.7%で、合わせて67.0%が継続に肯定的だった。一方、「あまり意義があるとは思わない」は7.3%、「まったく意義があるとは思わない」は7.0%にとどまった。

しかし、祭りの由来や意味をどの程度知っているかによって、この回答には大きな差がみられた。Q2とQ3をクロス集計した。

「何を祈ったり祀ったりする祭りなのかまで、よく知っている」人では88.9%、「おおよその由来や意味は知っている」人では91.7%が、祭りを続けることに意義があると回答した。「昔から続く祭りだということは知っているが、由来や意味は詳しく知らない」人でも73.6%にのぼる。

一方、「名前や行事の内容は知っているが、由来や意味は知らない」人で49.0%、「まったく知らない」人では25.9%まで下がった。

つまり、単に祭りの存在を知っているだけではなく、「なぜこの祭りが行われているのか」を知っている人ほど、たとえ形が変わっても祭りを残すことに価値を感じていることがうかがえる。

ただし、祭りを残したい理由は、宗教や伝統だけではなさそうだ。

祭りの魅力として「屋台・露店などの食べ物」を挙げた人でも81.3%、「花火や演出」を挙げた人でも80.4%が、形や意味が変わっても祭りを続けることに意義があると答えている。信仰や伝統だけでなく、家族や友人と過ごす時間、地域のにぎわい、毎年繰り返される非日常の風景そのものに、残すべき価値があるのかもしれない。

美保関町の神事のように、古くからの意味や形式を濃く残してきたからこそ、現代では継承が難しくなっている例もある。「西大寺会陽」のように、象徴的な形式を見直しながら、祭りそのものを残そうとする例もある。

さらに、2026年10月には、大阪を代表する「だんじり祭り」で横転事故が相次ぎ、2人が死亡、16人が重軽傷を負った。事故映像がSNSで拡散されると、ネット上では祭りのあり方そのものを疑問視する声が上がる一方、「だんじり」と一口にいっても、地域によって曳き方や文化が異なり、岸和田で知られるような激しい「やりまわし」がすべての地域で同じように行われているわけではないという指摘も見られた。

同じ名称の祭りでも、地域ごとに受け継がれてきた形は異なる。安全を理由に何を変え、何を残すのか。その判断もまた、それぞれの地域に委ねられているのだ。

祭りを続けることに意義があるとしても、従来のやり方をまったく同じ形で守ることが、必ずしも継承につながるとは限らない。その土地で人が集まり、祭りについて語り、「なぜこの祭りを行うのか」を次の世代へ渡していくこともまた、ひとつの継承の形といえるだろう。

祭りが時代とともに姿を変えていく中で、私たちは何を残せば、それを「伝統」と呼べるのか。いま各地の祭りは、その答えを探す分岐点に立っているのかもしれない。

【調査概要】
調査内容:地元のお祭りへの参加状況アンケート
調査対象:全国/全世代/男女
調査期間:2026年10月26日
調査人数:300名(男199名/女101名)
調査機関:Freeasy
調査主体:ニッポンモンダイ
※本調査結果をご利用いただく際は、「ニッポンモンダイ調べ」と明記ください。

この記事の執筆者とインタビュアーの紹介

執筆者

Naviee

編集委員/デスク

編集、ライターほか。出版社勤務時代はコギャル全盛期のティーン誌で編集を担当し、その後フリーに。週刊誌、テレビ情報誌、アイドル誌などでインタビュー、ルポ、グルメ、健康記事を執筆。書籍では人気タレントのブログ本企画やベストセラー占い本の編集にも携わり、時代を映す企画に多数かかわる。日本ロマンチスト協会 研究員。